第21回 – 第30回 (2003年2月~2003年7月)

第21回 - 第30回

2003年2月~2003年7月

第21回 (2003年2月)
春分、秋分とはどんな日ですか?いうまでもなく昼夜の長さが等しい日ですね。英語ではそれぞれspring equinoxとautumnal equinox と言います。Spring の代わりにvernal を使ってvernal equinox ということもあります。ところでequinoxはequi-とnox に分解できますが、前者は「等しい」を意味するラテン語のaequusの語頭のae がeに変化した形です。(これと間違え易いのはラテン語のequus で、これは「馬」を意味しますからご用心。注意ついでにan equestrian statue(騎馬像)を覚えましょう。)後半のnox は「夜」。要するに英語では「夜の長さ」が等しいのが春分であり、秋分ということになりますね。ところでnox ですが、音楽の「ノクターン」は誰でも知っているでしょう。Nocturne と綴り、「夜想曲」と訳されます。noctambulation といえば「夢中歩行、夢遊病」のこと。ちなみambulare は「歩く」を意味するラテン語です。これから派生したambulance は「救急車」のことですが、原義は移動する病院の意味です。 石井米雄
第22回 (2003年3月)
「若者よ、大志をいだけ」という言葉を聞いたことがありますか。Boys, be ambitious! の訳ですね。Ambitious は "野心のある、大望をいだいた"という意味で、名詞は ambitionです。この語はもともとラテン語で、おどろくなかれ「地位をもとめて歩き回ること」を意味することばでした。分析するとambi(=around)+ itum(< ire=to go)となります。ことばの意味の変化には興味がひかれます。Ambi という接頭辞は both(両方) を意味することもあります。Ambivalence は「同じ対象に対して相反する感情をもつこと」という心理学のことばですが、日常用語としては「(表現などの)あいまいさ」をさします。形容詞はambivalent。On that issue he was ambivalent(その問題について、彼の態度はあいまいだった)などと使います。Valence は「価」のこと。高校で「化学」や「生物」をとったことのある人なら、ああ、あれかと思いだすかもしれませんね。 石井米雄
第23回 (2003年3月)
潜水用具のアクアラングは日本語になってしまいましたが、その語源を知っていますか? Aqua は「水」、lung は「肺」といえば、説明の必要はありませんね。水上スキー用の波乗り板を aquaplane というのも納得できるでしょう。すこし形の変わったaquarium は水族館の意味です。Aqua を形容詞にするとaquatic となりますが、そこでaquatic sportといえばいうまでもなく「水上スポーツ」のこと。Aquatic plant は「水生植物」というわけ。占いの好きなひとならAquarius を知っているでしょう?「水瓶座」のことですね。この原義は Water Bearer の意味です。ローマの遺跡でよく目に付く高架式の水道はラテン語でaquaeductus といいましたが、英語に入ってaqueduct となりました。これは、「水(aqua)」を「引く(duct< ducere=to lead)」という意味です。ついでのことながら、英国のレインコートに Aquascutum というブランドがありますが、scutum が「盾」であることがわかれば、その意味は想像できるでしょう。 石井米雄
第24回 (2003年4月)
すっかり日本語になってしまった「ビデオ」と「オーディオ」。このふたつのことばの共通項は何でしょう。Video もaudioも、どれもラテン語の動詞形で、「わたしは見る」「私は聴く」という意味です。Video は変化して vis-という形でたくさん英語に入っています。まずvision 。もともと「視力」「視覚」という意味でしたが、「心に描く像」ということから「展望」となります。「政治家にはビジョンが必要だ」など、このことばは日本語でもそのまま使いますね。形容詞にしてvisible とすれば「目に見える、可視の」という意味。それに「遠方の」という意味のギリシャ語tele-をつければtelevision、おなじみの「テレビ」となります。ついでのことながら telephone はどうでしょう。Tele+phone。これはラテン語ではなくギリシャ語の方。Phone はもともと人間の「声」の意味から、一般に「音」をあらわすようになりました。と、ここまでいえば電話がtelephone である理由は説明不要でしょう。野球場で「阪神、がんばれ!」と応援する時つかうのはメガフォン。Mega はギリシャ語で「大きい」ということ。メガは「100万」という意味にもなります。たとえば「メガトン(=100万トン)」、「メガバイト(100万バイト)」など。 石井米雄
第25回 (2003年4月)
このごろよく耳にすることばに「ユビキタス」があります。情報通信技術が発達したおかげで、いつでも、どこでも、だれでもさまざまな情報を手に入れることができるようになりました。大学の休講の通知など、掲示板をみるまでもなく、携帯で調べることができますね。そのように「どこでも、いつでも」という意味を表すことばとしてこの「ユビキタス」が登場したと言うわけです。この語はもともとラテン語のubiqueからの借用語です。Ubiqueのubiは英語になおせばwhere. それにqueがついて「どこでも、いつでも」を意味する普通のことばでした。それが英語にはいってubiquity「いたるところにあること、遍在」となり、その形容詞形としてubiquitousが生まれたというわけです。すこしむずかしくなりますが、キリスト教に「キリスト遍在論」つまり「キリストは時間的、空間的制約をこえて、遍在する」という考え方がありますが、その学説はubiquitarianismと呼ばれます。こんなむずかしい議論に関係することばが、21世紀のIT革命によって身近になったというわけですから、ことばの歴史というものは面白いものです。 石井米雄
第26回 (2003年5月)
「水平思考」という言葉を聞いたことがありませんか。常識や既成概念にとらわれない考え方を意味し、英国の心理学者Edward de Bonoによって提唱された概念です。原文はlateral thinking。Lateralはもともと「横へ」とか「側面の」を意味しました。このLateralに2をあらわすbi-をつけてbilateralとすると「双方向の、あるいは、双方の」となることは前に書きました。Lateralの原義「横へ」は、アメリカンフットボールの用語lateral passにみることができます。ほとんど真横(実際はもちろん後ろ)へのパスを意味します。反対に「縦へ」はvertical。計算ソフトの縦列はvertical column、航空機の垂直尾翼はvertical tailです。Vertically challengedという表現の意味は想像できますか。これはもともと差別語ととられかねないshort(背が低い)を避けようとしてつくられたいわゆるPC語(Political Correctness)でしたが、現在ではややおどけたニュアンスをもつ表現となっているようです。 石井米雄
第27回 (2003年5月)
町を走るバスが、オムニバス映画と関係があるといっても信じてもらえないかもしれませんが、バスはオムニバスの省略形なのです。そもそもオムニバスとはラテン語のomnibusでこれは「すべての(人)」を意味するomnisの複数與格形であるomnibusで、もともとは「すべての人に」を意味しました。誰でも乗れる公共の乗り物ということです。それがomnibusから省略されて語尾のbusだけが独立して同じ乗り物を意味するようになったというわけです。ところでオムニバスの方ですが、これはアメリカの議会で総括的議案をomnibus billといった意味で使われるようになりました。たとえばシェイクスピアの一冊本の選集などはさしずめomnibus bookのいい事例でしょう。イギリスではomnibus trainというと各駅停車の列車を指します。Omniが「すべて」を意味することがわかると、omnipresenceは「[神の]遍在」、omnipotenceは「全能[の神]」となります。形容詞形はそれぞれomnipresentとomnipotentです。 石井米雄
第28回 (2003年6月)
映画「千と千尋」がアニメ分野で米アカデミー賞長編アニメ賞を獲得しました。日本のアニメ文化が世界に認められたわけです。ところでアニメとはなんでしょう。日本語には外国語からの借用語を勝手に短くする傾向が見られますが、アニメはアニメーションanimationを省略した形です。このanimationは動詞animateを名詞化したことば。一方animateの方ですが、これはラテン語のanimaからでたことばです。Animaを辞書で引くと、まず「風の流れ」「息」とあり、「魂」、「いのち」とつづきます。従ってanimateは「生命をふきこむ」ことを意味します。Animationはあたかも生き物であるかのように、動く絵ということで、動画といえばいいでしょうか。animalはご存知のとおり動物ですが、animaの意味から想像できますね。ところでアニミズムanimismという言葉を聞いたことがありますか。「精霊信仰」などと訳されていますが、もとは万物にいのちが宿っているという信仰を意味したことばであることが語源から類推できるでしょう。 石井米雄
第29回 (2003年6月)
マイクロフィルムという言葉はもう日本語になってしまいましたね。これは「小さい」を意味するギリシャ語のmikrosを英語読みにして、これにfilmをつけて出来たことばです。Mikorsは「ミクロの世界」などでおなじみになりました。Microのつく言葉ではマイクロフォーンmicrophone(phoneがギリシャ語の「音」を意味することは前に書きました<第7回>)がすぐ頭に浮かびます。Filmは古代英語で「薄皮」を意味するfilmenに由来することばでギリシャ語ではありません。顕微鏡はmicroscope。Scopeはギリシャ語のskoposで「見るもの」の意味。Microwaveは周波数のごく短い極超短波です。西大西洋に散在する小島を総称したミクロネシアという名称は、microに島を意味するギリシャ語nesosをつけてできました。ちなみに最近急速に発展しつつある医学の新分野、顕微鏡を使ってする手術はmicrosurgeryとなることを覚えておきましょう。 石井米雄
第30回 (2003年7月)
ステレオを知らない人はいませんね。これはstereophonic sound systemの略語です。Stereo phonicのphonicはギリシャ語のphone「音」からきました。ところでstereoですが、これも同じくギリシャ語で「硬い」「堅固な」を意味します。そこでステレオは「原音を忠実に再生する音響システム」、つまり「立体音響再生装置」ということになります。Stereographyといえば立体画法、stereographは立体写真、stereo cameraは立体カメラです。ステレオという言葉は、また全然違ったところにも顔を出します。「ステレオタイプ」がそれです。「あの人の話はいつもステレオタイプだ」などというでしょう。もともとこの言葉は印刷用語で、型紙から丸版または平版の鉛版をつくりだす行程、またはそこでできあがった鉛版を意味していたのが、転じて「型にはまった」「形式化した」を意味するようになりました。 石井米雄