継承語と向き合う学生たち ―― 家庭の言葉から自分のルーツを描く学び

 2025年7月24日(木)、外国語学部イベロアメリカ言語学科スペイン語専攻の准教授 Veri FARINA BECSKI 先生が担当する「スペイン語ⅢB(継承語話者のためのスペイン語)」の授業を取材しました。

 日本社会で「継承語」という場合、主に家庭で移民の親や先祖から受け継いだ言語のことを指します。この授業では、継承語としてのスペイン語を手がかりに、学生一人ひとりが自分の背景を振り返り、表現することを重視しています。この日の教室では、学生たちが自分の家庭での体験を語り合い、お互いの話に笑顔でうなずきながら共感する姿が見られました。

 近年、日本において外国につながる子どもが増えるにつれて「継承語話者」の存在がより注目されるようになっています。その背景には、19世紀末から1970年代初頭まで続いた日本人の集団移民により、米国、カナダ、ペルー、ブラジル、メキシコ、アルゼンチンをはじめとする国々へ約100万人が移住した歴史があります。その後、1990年代以降になると、とりわけ中南米からかつての日本人移住者の子孫である日系人が就労や勉学のために来日するようになりました。こうした日系人をはじめとした移民の子どもや国際結婚家庭で育つ子どもたちは、日本で暮らす中で言語や文化の違いによって社会への適応のハードルが高かったり、学習やアイデンティティに関する課題にたびたび直面します。また、彼らのコミュニケーションや教育上のニーズに合わせた支援体制が十分に整っていないため、場合によっては社会に統合されるどころか、同化されてしまうことにもなりかねません。

 例えば、スペイン語を話す親と、主に日本語を使って日常生活や学校生活を送る子どもとの間で、十分な意思疎通が難しくなり、親子間のコミュニケーションに壁が生まれるケースもあります。その結果、スペイン語圏のルーツや家族とのつながりを実感しづらくなることも少なくありません。

 本授業は、多様な背景を持つ学生たちが、自らの複言語?複文化能力を肯定的に捉える機会を得ると同時に、スペイン語による表現力と批判的思考力を養うことを目的としています。家庭内での会話とは異なる話題や学術的な文脈の中でスペイン語力を伸ばすことを目指す一方で、生徒たちが自身のルーツや日本社会における立場、そしてアイデンティティについて、互いに尊重し合いながら安心して考えを巡らせることができる場を創出することも重視しています。

 この日の授業でテーマとなっていたのは、家庭内で使われる日本語とスペイン語が混ざり合った表現「ハポニョル(※1)」。学生たちは、自分の家族との会話の中でどのようにハポニョルが使われているかを振り返り、エピソードを共有しました。「うちも同じ!」と声が上がる場面もあり、互いの体験が重なり合うことで教室に一体感が生まれていました。

※1 ハポニョル(japo?ol)=日本語(japonés)+スペイン語(espa?ol)。日本に住むスペイン語話者コミュニティやスペイン語圏の日系社会で用いられる。

 2025度の前期授業の最終プロジェクトは、こうした家庭でのエピソードを漫画として表現することです。学生たちは学期を通じて準備を進めていきます。ラテンアメリカにおける日本人移民の歴史や日系人の再来日について学び、ハポニョルとは何か、共存する複数の言語間の接触現象とはどのようなものかを明らかにします。また、グループワークで親へのインタビューを準備し、作品の構成を決定して各パートを分担します。最後に、マンガの制作を開始し、日々の体験を視覚的な物語へと変えていきます。完成した作品は、読み手に継承スペイン語話者の暮らしや背景への理解を深めてもらうことを目指しています。


 こうしたプロジェクトは毎年テーマを変えて行われており、2024度は「思い出の音楽」を題材に、スペイン語圏の音楽と日本での影響を学ぶと同時に、両親へのインタビューに取り組みました。言葉の壁で十分に対話ができなかった学生が、音楽をきっかけに親との距離を縮め、家族の歴史と自らのルーツを見つめ直す機会となりました。


 これらの活動の根底にあるのが「アイデンティティテキスト」(※2)という考え方です。学期を通じて、学生たちは、日本に生きる継承言語話者としての自身の現実について、自ら選んだテーマを段階的に掘り下げていきます。最終課題は、自身のアイデンティティについて知らない人たちにそれを前向きに伝える作品(パンフレットや動画など)の制作です。コミュニケーションには基本的にスペイン語を使用しますが、トランスランゲージ、つまり、流暢にコミュニケーションを図るために自身の持つあらゆる言語レパートリーを活用することも認められています。Veri先生はこの手法を取り入れ、学生が安心して自分を語り、仲間と共有できる場を授業の中に生み出しています。


※2 アイデンティティテキスト: Cummins, J. and Early, M. (ed.) (2011). Identity Texts: The Collaborative Creation of Power in Multilingual Schools.

 取材した教室では、学生同士の体験が次々に語られ、共感の声が絶えませんでした。ハポニョルをめぐるやりとりを通じて、歴史と言語とアイデンティティの関係を見つめ直す時間。それは、本学が目指す多文化共生社会の学びを体現する場となっていました。