T私は大学入学早々、授業から落ちこぼれ、
クラスメートが当たり前のように
進んでいく「いい成績をとって、就職」
という道から、
あっさり外れてしまいました。
自分の進むべき方向を
何とか見つけ出し、
歩き出さなければなりません。
それが通訳へ至るケモノ道の始まりでした。
今や就職さえすれば安泰
という時代はすでに終わり、
誰もが自分の歩くべき道を模索しながら
生きる必要が生じています。
設定されたレールからはみ出したとたんに
自暴自棄になっていては前に進めません。
はみ出したらはみ出したなりに、
どう進むか。
大学での挫折から、通訳を経て
大学の教員になるまでの私の経験談から、
何か参考になることを
引き出していただければと思います。
上智大学外国語学部英語学科卒業。英会話講師などを経て、イギリス?バース大学大学院通訳翻訳コース卒業。BBC日本語部の放送通訳者として4年半勤務した後に帰国。専門学校や大学の非常勤講師として勤務する一方、NHK放送通訳者、ディスカバリーチャンネル映像翻訳者として稼動。2009年4月より新皇冠体育専任講師。
講師の柴原氏は大学で英語学を専攻し、英会話講師?進学塾講師などを経て渡英、バース大学の大学院通訳翻訳コース修士課程を修了してからBBC(英国放送協会)で放送通訳として勤務した。2002年に帰国した後、大学?専門学校などでの講師として、またNHK放送通訳者?映像翻訳者として活躍し、本年度より当大学に就任した。夫人も同じくBBCで活躍された通訳の専門家である。
夫妻ともに華やかなキャリアの持ち主であるにもかかわらず、講師によれば若い時は何度も逡巡し、人生の岐路に立って悩んだことがあったという。家族が高校の英語教員であったため、早くから語学を専門とする職業を考えていたものの、入学した大学の外国語学部では学習についてゆけず2回留年した。それでも、通訳をめざして英会話講師をしながら通訳学校に通い、大学卒業後すぐに仕事を得たが、あまりの難しさ?厳しさに再び自信を失い、通訳になるのをいったん断念した。失意のうちに塾?英会話学校での教職に戻ったが、その後、大学の恩師が上記バース大学の通訳?翻訳コースを立ち上げたという話を聞いて留学した。
修士課程を終えてBBC日本語部へ入社してからは、世界各国のニュースを同時通訳するなどの作業にチームであたってきたが、時事問題や科学?医学用語など多様な専門知識を要求されるので、やはり日々の修練が不可欠になる。同時に、瞬時に聞き取りきれない外国語を自信のないままあやふやに訳すよりも、理解できたことを確実に聞き手に伝える誠実さも要求される。このような苦労を重ねながらも、それを楽しみ、通訳?翻訳の喜びを味わえるようになるまでは随分時間がかかったという。だが、若い頃に何度も挫折を経験したことから、講師はいわゆる「王道」「正統派」をゆく優等生ではない若者たちの生き方をも肯定し、本当に好きなことを諦めない限り、どんな「ケモノ道」からでも夢に辿り着くことができる、と講堂に集まった多くの学生たちに呼びかけた。