ネルグイ氏は今もゴビの大草原で暮らす遊牧民です。その馬頭琴の調べは、舞台芸術化されたものとはちがう素朴さと力強さに満ちあふれ、繊細で躍動的な演奏は「ゴビの天才」と賞賛されてきました。西村幹也氏によるスライド&トークとともに、ネルグイ氏の馬頭琴の調べに酔いしれ、雄大なモンゴルの草原に旅をしてみませんか?
「ゴビの天才」と謳われた馬頭琴奏者ヨルドン?ネルグイ氏の日本ツアーが、モンゴル研究者の西村幹也氏、喉歌では日本の草分け奏者である嵯峨治彦氏や田中孝子氏の主催する「のどうたの会」などの尽力で、2003年11月から12月までの約1ヵ月半にわたっておこなわれた。そのツアーの終盤にあたる12月15日、当大学での実演奏をまじえたスライド?トークや馬頭琴伝説の語りなど、もりだくさんの公演がおこなわれ、大盛況を博した。/p>
内モンゴルの伝承「スーホの白い馬」で日本でもなじみの深い民族楽器の馬頭琴(モリンホール)は、モンゴルの近代化にしたがって半世紀ほど前から急速に舞台芸術化したといわれる。現在のプロ奏者の大半は専門機関でいわゆるクラシック音楽に基づく教育を受けており、海外で活躍したり、CDをリリースするなど、伝統芸能であったこのジャンルに新たな可能性をひらいてきた。
こうした動きの中で、ネルグイ氏は独学で奏法を極め、全モンゴル馬頭琴大会で金メダルを4つ、銀メダル2つ、銅メダル3つを受賞した数少ない芸術家である。氏は社会主義時代は劇場勤めの演奏家としても活躍していたが、モンゴルの民主化後は故郷のドンド?ゴビに戻った。北極星勲章(モンゴル文化省最高勲章)まで受章した氏は、いまやモンゴル国の第一文化功労者であるが、普段は家族とともに遊牧生活を送り、親族や友人に頼まれるたびに演奏を披露するという昔ながらの生活を続けている。
ツアー公演は、モンゴルの遊牧民の暮らしや自然観について、西村氏が自身の現地調査で撮影したスライドをもちいながら講演することで開幕した。ついで第2部では、まず嵯峨氏の演奏をバックに、外モンゴル版スーホの白い馬にあたる「馬頭琴伝説ジョノン?ハル」の語りが田中氏によって上演された。続いて、いよいよネルグイ氏の馬頭琴ソロが披露され、氏独特の奏法と醸し出される豊かな風情に会場は魅了された。さらに嵯峨氏とのデュエットも行われ、合間には、一つの喉から複数の音を出す喉歌(ホーミー)も披露された。
会場はダイナミックでおおらかな中にも哀調を帯びた繊細さのある馬頭琴の音にひととき酔い、ツアー公演は本年度の最後を飾るにふさわしい催しとなった。