日本では、現在「第7次ワインブーム」が10年以上継続しています。日本のワインブームの歴史と、世界最高峰のワイン「ロマネ?コンティ」のプロフィールを紹介します。
第1次ワインブームは、東京オリンピックや大阪万博の頃から
日本では、現在、2012年からの「第7次ワインブーム」が継続しています。ワインキュレーターの阿部容子氏や、ワイン情報サイト「ニホンワイノミクス」を運営する日本ワインマスター、ミユ氏などの説明をもとに、日本のワインブームの歴史を紐解きましょう。なお、日本では20歳未満の飲酒は法律(「二十歳未満ノ者ノ飲酒ノ禁止ニ関スル法律」(旧「未成年者飲酒禁止法」))で禁止されています。
日本国内の「第1次ワインブーム」の背景には、1964年の東京オリンピック、1970年の大阪万博を得て、食の欧米化が急速に進み、ワインの輸入が自由化された事実がありました。
「第2次ブーム」は1970年代後半。このとき、1,000円ワインがサントリーから売り出され、手軽にワインが楽しめる環境となり、家庭でもワインを飲む習慣が誕生。「第3次ブーム」は1981年頃からの「地ワイン」ブーム。山梨ではよく見かける「一升瓶ワイン」がブームとなりました。
「第4次ブーム」が1989年頃の「高級ワイン」ブーム。当時はバブル経済最盛期です。1985年のプラザ合意をきっかけに円高/ドル安となり、高級ワインが手に入りやすくなりました。仏ブルゴーニュ地方ボジョレー地区で造られた、その年の初出しのワイン「ボジョレー?ヌーボー」(Beaujolais nouveau)もこの頃大ブームとなりました。
第6次ブーム「赤ワインのポリフェノール」、第7次は「複合要因ブーム」
「第5次ブーム」が1994年頃の「低価格ワイン」ブーム。価格が500円などのワインが人気となりました。メルシャンの「ボンマルシェ」やサントリーの「デリカメゾン」などがその代表例。「第6次ブーム」が1997年ごろの「赤ワイン」ブーム。赤ワインが健康にいいということで大ブームに発展。ワインに含まれるポリフェノールが心臓疾患の予防になると広まり、多くの消費者が赤ワインに殺到しました。
「第7次ブーム」が2012年からスタートし現在まで続く「複合要因ブーム」。2007年発効のチリとのEPA(経済連携協定)による関税引き下げに由来するチリ産などの低価格輸入ワインブーム。日本産ブドウ100%で造る「日本ワインブーム」。「スパークリングワイン」ブーム。2012年末からのアベノミクスによる景気回復や、付加価値に対価を支払うプレミアム消費の広がり。イタリアやスペインなどの南ヨーロッパで普及している軽食堂やバーが一緒になった「バル」ブーム。第7次ブームには、こうした複数の要因が関連しているようです。
日本産ブドウ100%の「日本ワイン」の人気
キリンホールディングス株式会社のプレスリリース資料(2023年11月13日)は、次のように説明しています。
(1) 2021年のワイン消費数量は対前年104%と増加し、10年前と比較すると約128%増加し市場が(2倍以上に)拡大。
(2) 赤ワイン人気により、大きな消費を生んだ第6次ワインブーム(1997~98年)や、チリを中心とした新世界ワインおよび日本産ブドウ100%で造る「日本ワイン」への人気が高まった2012年からの第7次ワインブームなどを経て、日本国内のワイン消費数量は40年で約8倍となるなど、着実に伸長。
(3) 国税庁の調査では2022年1月現在の国内のワイナリー数は453場。前年より40場増加。1位の山梨県、2位の長野県、3位の北海道のほか、5位の岩手県のワイナリー数が増加。
ちなみに、「ワイン」(ワイナリー)は「人」(観光客)を呼ぶといわれています。「ワインツーリズム」という用語もあります。ワインツーリズムとは、ワイナリー見学やテイスティングに加え、造り手との会話を楽しんだり、産地のワインや料理を楽しみながら、その産地の魅力を全身で体験する「コト消費」型の旅を意味します。その意味で、「ワイン」は「地方創生」の強力な武器になるのです。
「ロマネ?コンティ」は世界のワインコレクターの垂涎の的
さて、ワインと聞けば、「ロマネ?コンティ」という名前を思い浮かべる方も少なくないでしょう。世界のワインコレクターの垂涎の的(すいぜんのまと)、世界でもっとも高価なワインとして名高い、仏ブルゴーニュ地方の赤ワインです。ブルゴーニュ(Bourgogne)はフランス中東部に位置し、南西部のボルドー(Bordeaux)とともにフランスワインの2大産地として有名です。
ボルドーワインはカベルネ?ソーヴィニヨン(黒ブドウ品種の王様的存在)やメルロー(ボルドー地方原産の赤ワイン用ブドウ)を中心とした複数の品種をブレンドするタイプが多いとのこと。一方、ブルゴーニュワインのほとんどは単一品種のみで造られ、白はシャルドネ(淡いグリーン色)、赤はピノ?ノワール(ボジョレー地区ではガメイ(すみれ色の黒ブドウ))を使用。
ボトルの形状にも違いがあります。ブルゴーニュは「なで型」、ボルドーは「いかり肩」。ボルドーのワインは濃厚なものが多いため、グラスに注ぐ時、澱(おり)がグラスに入らずにボトルの肩の部分でとまるように工夫されているそうです。
ブドウ果汁が酵母(菌)によって発酵してできるアルコール飲料がワイン。その酵母(菌)は、ブドウ畑やブドウの果皮、醸造所に自然に存在するそうです。ブドウの実自体に酵母(菌)が付着。したがって、酵母(菌)を加えなくても、収穫したブドウを発酵に適した環境(32℃から33℃)に置きブドウの破砕?圧搾の工程を経ると、自然に発酵がスタート。このように製造方法がきわめてシンプルだからこそ、紀元前からワイン造りが行われてきたとされます。
ブルゴーニュ発の最高峰の赤ワイン「ロマネ?コンティ」(Romanée-Conti)は、その名声、希少性、そして品質を理由にして、次のように表現されます。
「ワインの王様」(The King of Wines)「液体の金」(Liquid Gold)「ワイン界のモナ?リザ」(The Mona Lisa of Wine)。
「瓶の中の交響曲」(A Symphony in a Bottle)「ワイン界の聖杯」(The Holy Grail of Wines)。
生産者は「ドメーヌ?ド?ラ?ロマネ?コンティ」(DRC)
では、「ロマネ?コンティ」のプロフィールを確認しましょう。フランスのブルゴーニュ地方で造られる世界で最も権威のある、そして希少なワインの一つ。「ドメーヌ?ド?ラ?ロマネ?コンティ」(DRC: Domaine de la Romanée-Conti)が生産。
ブルゴーニュで使われる「Domaine」(ドメーヌ、「所有地」)。ボルドーで使われる「Chateau」(シャトー、「城」)。どちらの用語も、ブドウ畑を所有し、ブドウの栽培や瓶詰めにいたるまでワインの製造を行う生産者のことを指します。
ボルドーでは一つの畑を一つの「シャトー」が所有。一方のブルゴーニュでは一つの畑に対して複数の所有者が存在するのが一般的。ただし、「モノポール」(Monopole、「独占」)といって、一つの畑につき一所有者という「単一所有者畑」も存在します。代表的なものが「ドメーヌ?ド?ラ?ロマネ?コンティ」(以下、DRC)が所有する「ロマネ?コンティ」や「ラ?ターシュ」(ヴォーヌ?ロマネ村特級畑、意味は「労役」)です。
「ブルゴーニュ」「グラン?クリュ」「ピノ?ノワール」
(前述のとおり)「ロマネ?コンティ」の生産地はブルゴーニュ地方、特にコート?ド?ニュイ地区(意味「黄金の丘」)で、単独の「グラン?クリュ」(Grand Cru、「特級」にランキングされる畑)です。ブドウの品種は「ピノ?ノワール」(ブルゴーニュ地方原産「黒ブドウ」)。その生産量は、極端に限られており、年間6,000本(750ml/本)程度とされます。一般に、1樽に入っているワインは、約25ケース分。 1ケースは、ボトル12本。12本×25=300本、つまり1樽からは、約300本分のワインボトルが生まれます。
かつてイギリスで貿易の際に「ガロン」(gallon)という単位が使用されていました。英国の1ガロンは4.5?(米国1ガロン=3.785?)。ワインに換算すると6本分(6×750=4,500)。ワイン6本/ガロンなら、ワイン12本分(1ダース=12本は西洋古来の12進法に由来)、つまり1ダースで2ガロン。逆に、ワイン1本750mlだとガロン換算するうえで切りがよく便利という理由で750mlサイズのボトルが定着したとされます。
標準的なヴィンテージの「ロマネ?コンティ」の1本は、通常1.5万ドルから2万ドル(200万円から300万円)。単純計算として、200万円のロマネ?コンティの750mlボトルがグラス6杯分になると仮定すると、グラス1杯約33万円。ワインオークションにおいて約11億円で落札されたボトルもあります。
なお、DRCが製造するワインには、ロマネ?コンティ(Romanee Conti)とラ?ターシュ(La Tache)以外にも、次のようなものがあります。いずれもかなり高価ですが、「ロマネ?コンティ」には及びません。赤ワイン:リシュブール、ロマネ?サン?ヴィヴァン、グラン?エシェゾー、エシェゾー、コルトン。白ワイン:モンラッシェ、コルトン?シャルルマーニュ(2019VT(Vintage)より)。ワイン初心者は、ロマネ?コンティと、その他のDRCワインとを混同してしまう可能性があり、注意が必要とのことです。
ワインの『ヴィンテージ』(Vintage)とは、そのワインの原料となったブドウが「収穫された年」のこと。ブドウの成熟度は、気象条件によって大きく左右されます。したがって毎年いつも作柄が良好とは限りません。そのワインの個性を知るために、ヴィンテージが参考要素とされるのです。
「神に約束された畑」の広さは、サッカーフィールド「2.5面分」
ロマネ?コンティの畑の面積は1.8ha(ヘクタール)。それをイメージすれば、134m×134mの広さ、あるいはサッカーフィールド(0.714ha)「2.5面分」の東南東に向いた日当りの良い畑。
「ブドウ」は、植物の中で、どの畑で育っているかがはっきりと個性としてあらわれる果実だそうです。ブドウ畑の「土地の個性」(ブドウの地質学)のことを「テロワール」(Terroir、語源は「領地」)と呼びます。気候、土壌や地形などブドウの樹を取り巻く環境のすべてを指します。畑内のわずか数メートルで「テロワール」は大きく違うため、育つ「ブドウの個性」も大きく異なってきます。つまり、「ワインとは『テロワール』を具体的に表現したもの」といえるのです。
ロマネ?コンティの畑の土壌の上部は石灰質で痩(や)せているため、ブドウの根は地中深くまで伸びます。その結果、地中のミネラルや多様な要素を吸収。「ロマネ?コンティ」の畑は、土壌、傾斜、日照、降水量、すべてにおいて最高の条件が整った「奇跡のテロワール」あるいは「神に約束された畑」と表現されています。
ロマネ?コンティの畑では、耕作は「馬」で行い、農薬や除草剤を一切使用しない有機栽培の一種である「ビオディナミ農法」が採用されています。ブドウの収穫は手摘み。「ビオディナミ」(Biodynamie)とは、英語の「バイオダイナミクス」(Biodynamics)と同義で「生体力学」を意味します。
この畑では、除草剤や殺虫剤を使用しない有機農法によって「ミミズ」が大活躍。ミミズは土の通気性を作り出し、土を食べ消化し改良し、最高の土壌を生み出してくれるそうです。ロマネ?コンティにとって元気なミミズは大切な友人なのです(後述のドキュメンタリー映画「ソウル?オブ?ワイン」のインタビュー内容にもとづく)。
土壌、畑の傾斜、日照、降水量、すべてにおいて最高の条件が整っている!
「濃いルビー色」。それが「ロマネ?コンティ」の色合いです。香りは、赤いベリー、土、スパイス、トリュフ、バラの花びらなどのフローラルな香りが交雑。味わいは、エレガントで、チェリー、ブラックベリー、革、ミネラル感などの層が重なったフレーバーで、バランスが良く、滑らかなタンニンと長い余韻が残るそうです。
ロマネ?コンティの畑の歴史は少なくとも13世紀に遡り、当時はサン=ヴィヴァン修道院が所有。この畑を耕していた修道士たちは、すでにその独特のテロワールと素晴らしいワインを生産する潜在能力を認識していました。
もともとロマネ?コンティの畑の付近では古代ローマ時代から良質なワインが産出され、ローマ人により「ロマネ」の名がけられました。「コンティ」は18世紀仏ブルボン朝のコンティ公 (prince de Conti) に由来。コンティ公ルイ?フランソワ1世と、国王ルイ15世の愛人ポンパドゥール夫人との争奪戦の末、この畑は1760年にコンティ公に売却され、名称が「ロマネ?コンティ」となりました。
「ヴェブレン財」と「顕示的消費」
この「ロマネ?コンティ」は、経済学でいうところの「ヴェブレン財」(Veblen good)に分類されます。一般の財(商品)は価格が上昇すると需要量が低下します。しかし、「ヴェブレン財」は、価格が上昇するにつれて需要が増加するという特徴を持っています。
米国の経済学者ソースティン?ヴェブレン(Thorstein Veblen)が著書『有閑階級の理論』(“The Theory of the Leisure”, 1899年) で提唱した概念。ヴェブレン財は、商品の本来の価値だけでなく、それがもたらす社会的な地位や名声のために購入されます。価格が高いほど、その商品がより排他的で魅力的に感じられるからです。
ヴェブレン財は、「ステータスシンボル」、つまり、富や社会的地位を示すために購入されるケースが多いといえます。経済学では「顕示的消費」(conspicuous consumption)と呼ばれます。「顕示的」(けんじてき)とは「自分を際立たせる」という意味。例えば、高級ブランド品、高級時計、高級車、そしてロマネ?コンティのような希少な高級ワインなどが該当します。
『ソウル?オブ?ワイン』(By ミモザフィルムズ)
ロマネ?コンティやフランスワインについてもっと知りたいという場合、良質なドキュメンタリー映画があります。それが、静かにかつ穏やかに映像が進む『ソウル?オブ?ワイン』(原題「L’?me du vin」(ラム?デュ?ヴァン、「ワインの魂」)、日本公開は2022年11月4日、102分)です。ワインの聖地、フランスのブルゴーニュ地方を舞台に、ロマネ?コンティなど、世界最高峰のワイン造りに魂を注ぐ人々の姿を追ったドキュメンタリー映画です。