220年の歴史を持つ京都菓子司「亀屋良長」を経営危機から救った「スライスようかん」。その誕生エピソードやヒットの要因を整理します。その際、あんこ/和菓子に詳しい「かがたに のりこ」氏のレポート(食情報サイト「メシ通」(2023年2月27日)や、吉村由依子氏(亀屋良長株式会社 取締役)のインタビュー記事(「PR TIMES STORY」、2021年10月12日)などの情報を参照します。
創業は1803年(享和3年)の菓子司「亀屋良長」
祇園祭でも有名な、京都を代表する繁華街の四条通。そこに本店を構える菓子司「亀屋良長」(かめやよしなが)。創業は1803年(享和3年)、江戸開府から200年経過した頃です。
「菓子司」(かしつかさ)とは、お菓子を献上する役。転じて、現代では、一般に菓子を作って売る店で、特に、伝統的な和菓子屋などが店名に用います。
「司」(つかさ)とは朝廷から位をもらい、専属で御用をするという意味。これは江戸時代以降京都で続いた「上菓子」(じょうがし)屋仲間という組合制度からきた身分。当時上菓子屋仲間は248軒と数が限られていて、御菓子司しか白砂糖を使うことを許されなかったとのこと。
京都の和菓子業界の棲み分けのルールとは?
そうした伝統にもとづき、京都では、現在も、和菓子業界は3つの領域に「棲み分け」されているそうです。亀屋良長の8代目当主、吉村良和氏は「京都では一口に和菓子屋と言っても、もてなしの菓子を扱う『上菓子屋』、普段のおやつを扱う『まんじゅう屋』、お供え用の餅や赤飯を扱う『餅屋』に分かれています」とインタビューで説明しています。なお、吉村良和氏と吉村由依子氏はご夫妻です。
したがって、たとえば、人気が高い商品(の領域)だからといって、おまんじゅう屋さんやお餅屋さんの領分である「いちご大福」を、亀屋良長が商品化することはない、とのことです。
洋菓子に押されて和菓子の売上が年々減少!
和菓子業界は、洋菓子の人気に押され、年々売り上げが減少しています。特に10?40歳代の若/中年層の和菓子離れが大きく、ようかん(羊羹)は20年前の約半分の購入額に縮小しているそうです。
亀屋良長もその例外ではなく、羊羹の売り上げは、年々減少し、年間50本程度しか売れない状態が続いていました。ようかん(羊羹)とは、餡(あん)に砂糖?寒天を加えて、ねりながら煮つめた、または蒸した菓子で、代表的な和菓子の一つ。
そうしたなかで、「亀屋良長」の女将(おかみ)を務める吉村 由依子氏が、昔ながらの煉羊羹(ねりようかん)に、あるアイディアを加えたことで、大ヒット商品が生まれたのです。それが、「スライスようかん」です。そして、この「スライスようかん」こそが、多額の負債を抱えていた「亀屋良長」を経営危機から救ったのです。
吉村 由依子氏のプロフィールを簡単に紹介しておきましょう。Yuiko, Yoshimura。京都生まれ。 同志社女子大学生活科学部(食物栄養科学科)を卒業後、世界的に著名な料理学校「コルドンブルー」(Le Cordon Blue Paris校)に留学し、フランス料理を学ぶ。亀屋良長8代目との結婚を機に和菓子の世界へ入り、現在、販売?商品企画?商品開発を手がける(『PR TIMES』記事などにもとづく)。
商品開発のヒントは、朝食時の「めんどくさいなぁ」
きっかけは、彼女の2人のお子さんの朝食のときの行動観察。ご長男は甘いものが苦手でスライスチーズをのせてトーストを食べていました。一方、弟さんはあんこが好きで、トーストしたものに餡(あん)をぬっていました。しかし、餡は冷えると固くてぬりにくくなるのが難点。そのとき、吉村氏に「めんどうくさいなぁ。スライスチーズみたいに、パッと簡単にできたらいいのに…」という考えが浮かんだそうです。
吉村氏によるお子さんたちの行動観察は、「エスノグラフィー」(ethnography)に該当します。もともとは文化人類学や社会学、心理学の分野で使用されてきた研究手法で、対象となる人物や民族の文化や風習、行動を観察?記録し、その特性を紐解くための調査手法です。生活者?消費者の行動を観察することで新しいニーズやインサイトの発見につながるため、現代のマーケティングでも活用されています。
この吉村氏の「スライスようかん」の着想も当てはまりますが、消費者が感じる「面倒くさい」にはヒット商品のヒントが隠されているとよくいわれます。一本だけの使用で時短になる「リンスインシャンプー」、時短メイクの「眉ティント」(Fujiko)、調理の手間が省ける「カット野菜」、ストローいらずで、全部飲み干す必要がない「キャップ付き紙パックジュース」。
手の汚れを気にせず、スティック状で食べやすく持ち運びに便利な「じゃがりこ」(カルビー)、「使い捨てコンタクトレンズ」、コードの収納や絡まりにわずらわされない「ワイヤレスイヤホン」????。
吉村氏の素晴らしい点は、「あんこが固まってトーストに乗せるのが『めんどうくさい』」をそのまま放置せずに具体的に次の行動に移ったという「観察力」と「行動力/実践力」にあります。
吉村氏が、試しに、ようかんを薄くスライスして食パンにのせて焼いてみたら、何となくいけそうなものになり、その後、試作を重ね、誕生したのが「スライスようかん」です。
試作では、ようかんの小豆(あずき)の味?厚みを何度も試して調整。薄くスライスするには、粒あんではスライス用カッター(針金)に小豆の皮がひっかかる。それを解決するために、こしあんの羊羹を作ったものの、今度は、パンと合わせると小豆の香りが負けてしまう。
そこで、粒あんを炊き、それをミルで細かくつぶしたものを羊羹にして、小豆の風味も残すことに成功。
スライスようかんの厚みは、2.5mmが最適!
その粒あんには、最高品質の丹波大納言小豆を採用。この小豆は、大粒で香りが芳醇(ほうじゅん: 香り高く味が良い)なのが特徴。通常は、潰して使うことはしないのですが、味に妥協しないということで使用を決定。
スライスの厚みは、2mm、2.5mm、3mm、3.3mmと試し、食パンと馴染み、バランスが1番よかった2.5mmに決定。上にのせるバターも、ようかんとして仕立てられています。沖縄の塩を効かせたバターようかんと、ケシの実が、丹波大納言小豆の粒あん「ようかん」にトッピングされています。
吉村氏は、スライスする工程だけでも機械化ができないかと検討。しかし、薄さとサイズと、ようかんという特性が機械化に合わず、今も、1枚ずつ手作業で切るなど製造は全て手づくりで行っているとのことです。
吉村氏は、「販売当初は、冗談半分で生まれたようなお菓子でしたので、こんなに売れるとは全く考えていませんでした」と感想を述べています。
そうしたなかで、メディアの取材が増え、品切れが続発。販売当初から3年間の累計売上高は1億円超え。売上額は、1年目は160倍、2年目550倍、3年目には1,000倍を達成。
現在は、創業当初より続く代表銘菓の「烏羽玉」(うばたま)を超えて、年間で15万袋を売り上げる異例の大ヒット商品に躍進。
「スライスようかん」 京菓子司 亀屋良長
「スライスようかん」のヒットの要因は、その面白さ/斬新さと、男性顧客の朝食ニーズ開拓!
吉村氏は、「スライスようかん」の大ヒットの理由を次のように自己分析しています。
第1が、ようかんをパンにのせて焼く、という面白さと目新しさ/斬新さ。第2が、男性の顧客が増えたこと。形状を変えることで、ようかんが、「おやつ」から、日常の「朝食用の食材」として認識されるようになったことがヒットを大きく後押し。
吉村氏は、次のように語っています。「今までお客様の大半が女性で、若い女性客に向けたものを意識して展開していましたが、男性が増えたことで、新たな視点が生まれました。和菓子を普段口にすることがない方にも、あんこを食べてもらう機会が増えたことはとても嬉しく思います」。
アイデア発想のための「スキャンパー法」
吉村氏が考案した「スライスようかん」のエピソードを知ったとき、アイデア発想法の「スキャンパー法」のことを思い浮かべました。
「スキャンパー法」(SCAMPER)とは、アイデア発想のためのフレームワーク。1953年に、米国人実業家アレックス?フェイックニー?オズボーン(Alex Faickney Osborn)氏によって考案された「オズボーンのチェックリスト」を、約20年後の1971年に、ボブ?エベール(Bob Eberle)氏がより使いやすく改良したのです。
与えられたテーマに対して以下の7つの質問に答えていくことにより、一定の網羅性をもって新しいアイデアを考え出すことができる、優れた思考の枠組みです。この7つの質問の頭文字がSCAMPER法の名前の由来となっています。
【7つの質問】
1. Substitute(置き換える)
2. Combine(組み合わせる)
3. Adapt(適応させる)
4. Modify(修正する)
5. Put to other uses(転用する)
6. Eliminate(取り除く)
7. Reverse or Rearrange(逆転する?再構成する)
7つの質問:「置き換える」「組み合わせる」???「取り除く」
では、思考の実験として、7つの質問の視点を、スターバックスの各施策に当てはめてみましょう。
1. Substitute(置き換える)???動物性ミルクだけでなく、豆乳、アーモンドミルク、オーツミルクなどの植物性ミルクの導入。
2. Combine(組み合わせる)???フラベチーノと、抹茶やほうじ茶を組み合わせる。スターバックス店舗と、図書館やコーワーキングスペースとの併設。
3. Adapt(適応させる)???会員向けサービス「スターバックスリワード」(ポイント機能)のユーザーなどを対象に、より顧客体験を向上させる。具体的には、アプリを通じて、レジに並ばなくても注文から決済までを事前に完了し、店舗で商品を受け取ることができるサービス「モバイルオーダー&ペイ」を導入。
季節に応じて「レギュラー新皇冠体育」を修正する
4. Modify(修正する)???レギュラーの「フラペチーノ」新皇冠体育に、「バナナ」「いちご」「メロン」などの季節限定バージョンを導入する。つまり、季節に応じて、レギュラー新皇冠体育に修正を加える。
5. Put to other uses(転用する)???京都の「古民家」を、スターバックス店舗に転用し、和風の畳部屋でコーヒーを提供(スターバックス コーヒー 京都二寧坂ヤサカ茶屋店)
6. Eliminate(取り除く)???プラスティックのストローを廃止する。別の例として、2011年、それまでのロゴマークから外枠と「STARBUKS COFFEE」の文字が取り除かれた。「コーヒー以外の分野にも多角的に拡大していきたい」というスターバックスの経営方針を反映するため。
7. Reverse or Rearrange(逆転する?再構成する)???日本各地の伝統工芸職人の技術を詰め込んだ芸術的なマグカップやグラスを主役にした(この場合、コーヒーなどのドリンクは脇役)コンセプトバーを期間限定でオープン。
伝統の延長線上。そして誰もが知っているものをより魅力的に見せる!
では、「スライスようかん」を「SCAMPER法」で見てみましょう。スライスチーズの素材をようかんに置き換える「Substitute」。「ようかん + スライスチーズ(バター)」のように組み合わせる「Combine」。ようかんを、朝食用のトーストの上に乗せるように形状を適応させる「Adapt」。「スライスようかん」の着想が、「SCAMPER法」の視点にピッタリ合致していることがわかります。
吉村氏は「スライスようかん」の大ヒットを受けて、次のように述べています。「思いがけず沢山の方に興味を持っていただくことができ、和菓子の未来もまだまだ可能性があると感じました。全く新しいことを生み出すのではなく、伝統の延長線上であったり、誰もが知っているものをより魅力的にみせることを考えていければと思います。」
優れた「観察力」と「実行力」にもとづいた吉村氏の商品企画の発想法から、貴重な教訓を得る企業やビジネスパーソンは少なくないでしょう。