シリーズ累計発行部数1,200万部突破。漫画『からかい上手の高木さん』が、ドラマ/映画でW(ダブル/連続)実写化されて、大きな話題となっています。ドラマ/映画のヒットの要因を解読してみます!
原作はシリーズ累計発行部数1,200万部を突破した大ヒットコミック!
2024年春、アニメ版も話題を集めた山本崇一朗氏のコミック『からかい上手の高木さん』(小学館「ゲッサン少年サンデーコミックス」)が、ドラマ/映画で連続実写化されました。メガホンを握ったのは、「愛がなんだ」「街の上で」の今泉力哉監督。原作は、シリーズ累計発行部数1,200万部突破した大ヒットコミック。ある島の中学校で隣席の「高木さん」(女子生徒)にからかわれ、いつも悔しがってばかりの西片[にしかた](男子生徒)の日常を描く青春ラブコメディ。
とある島の中学校。隣の席になった高木さんに西片はいつもからかわれている。2人のほのぼのとした関係がずっと続くと思っていた。しかし、高木さんが父の仕事の関係で引っ越すことに。心に秘めた互いへの思いを伝えることなく2人は離ればなれになってしまう。
そこまでがドラマで描かれます。それから10年が過ぎたある日、母校で体育教師として奮闘する西片の前に、高木さんが教育実習生として現れるところから映画はスタート。
映画は、原作コミックの「空白の時間」にあたる2人の10年後の再会を描いています。ドラマと映画の撮影は、原作者山本崇一朗氏の出身地で「高木さんの聖地」として親しまれている香川県小豆島(しょうどしま)で全編を敢行。ちなみに、『からかい上手の高木さん』はファンの間では、略して「高木さん」と呼ばれているようです。
この『からかい上手の高木さん』のヒットの要素をいくつか取り出してみましょう。
「ニヤキュン」とは?
第1がストーリー(物語)です。『からかい上手の高木さん』の読者/視聴者の気持ちを表現するときに、「ニヤキュン」という言葉が使われます。「ニヤ」は「ニヤッとする」、つまり、声に出さずに笑うことで、高木さんが西片をからかったときの西片の反応がちょっと面白いときに使う表現。
「キュン」は、「胸キュン」の「キュン」。「胸がキュンとする」とは、心がときめいたり、胸が締め付けられたりするような切ない感情を表現する言葉。たとえば、「向こうから好きな人が来た」と、身体が反応すると、自律神経によって体内にアドレナリンが放出されます。そのアドレナリンの働きで、心臓がドキドキ早く動いたり、胸がざわつき、「胸がキュン」とする感覚になります。高木さんと西片のほっこりするやりとりを見ながら、読者/視聴者は、自分の学生時代や初恋を思い出し、「キュン」とした気持ちになるのです。
漫画の大ヒットの影響で、「高木さん系」という新ジャンルも創り出しました。漫画「からかい上手の高木さん」に作風が似た漫画をそのように呼びます。「高木さん系」の特徴は次のとおりです。
① 題名が「〇〇さんは××」のように人名が入る、② 普通の男子に女子が絡んでくるのが軸となるストーリー展開、③ 学生生活のひとこまを描いたもの、④ 女子がウザかわいい系、⑤ 主人公のカップルが長いこと付かず離れずの関係でいる。ちなみに、「ウザかわいい」とは、「ウザい」と「かわいい」を組み合わせた言葉で、腹立たしくも愛おしい人物などに使われます。
「高木さん系」の「ニヤキュン」ストーリーが、作品の人気の柱のひとつであることがわかります。
高校生に超人気の永野芽郁さんと高橋文哉さんの最強コンビが実写映画版で主演!
第2がキャスティング(配役)です。まず、TBSドラマストリーム『からかい上手の高木さん』では、月島琉衣さん(16歳)と黒川想矢さん(14歳)が、「高木さん」と「西片」を熱演。TBSドラマストリームとは「深夜ドラマ枠で、地上波放送とストリーミング配信」の両方を実施する新しい放映スタイル。漫画の主人公のピュアなイメージにピッタリの月島さんと黒川さん。二人の若さあふれる、フレッシュで等身大の演技が強い輝きを放っています。
ドラマ終了後(2024年4月2日?5月21日、Netflixでは先行配信)、連続して、5月31日に、実写映画を公開。永野芽郁さん(24歳)と高橋文哉さん(23歳)が「高木さん、西片の10年後」(原作にはない新しい物語)を演じています。
<予告編>映画『からかい上手の高木さん』(東宝MOVIEチャンネル)
「渋谷トレンドリサーチ」(株式会社アイ?エヌ?ジー運営)が、流行に敏感な高校生男女を対象にトレンド調査(2024年春)を実施。イマドキの高校生が選ぶ「今一番好きな俳優(女性/男性)」ランキングを発表。女性部門の第1位が橋本環奈(はしも とかんな)さん、そして、第2位が永野芽郁(ながの めい)さん。男性部門の第1位が高橋文哉(たかはし ふみや)さん、第2位が吉沢亮(よしざわ りょう)さん。
映画/ドラマ『からかい上手の高木さん』の主要ターゲットの高校生(さらに中学生)にピタリと射程を定めた「最強コンビ」のキャスティングであることが理解できます。
名優 江口洋介氏が、ドラマと映画を繋いでいる!
また、ドラマ版での高木さんと西片の中学生時代の担任教師田辺先生役、くわえて、映画では、教頭先生になって、高木さんたちを見守る田辺先生役の両役を名優江口洋介氏が演じています。江口氏は、ドラマと映画を繋ぐ唯一のキャストとして出演しており、江口氏が演じる田辺先生を通してドラマ/映画の一貫性を持たせる工夫がなされています。
もちろん、今泉力哉監督と、(後述の)Aimerさんの主題歌「遥か」も、ドラマ/映画で共通です。その意味でも、ドラマ/映画の連続性が十分に保たれていて、視聴者/観客が違和感を持たずに、両作品に感情移入できる仕掛けが組み込まれています。
主題歌担当のAimerさんは、「1/f」のゆらぎボイスの持ち主!
第3がAimer(エメ)さんの主題歌「遥か」(ドラマ/映画)です。一般に、映画における主題歌や音楽は、映画の中で起こる出来事や登場人物の感情を立体的かつ補足的に表現する役割を果たします。映像だけでは伝えきれない情報や描写を音によって補完し、視覚的な体験/イメージを豊かにして、映像とともに、映画の世界観を表現し、視聴者の気持ちを高めてくれます。
Aimerさんは、2011年にシングル「六等星の夜」でメジャーデビュー。代表曲は、『残響散歌』(テレビアニメ「鬼滅の刃」遊郭編 オープニングテーマ)『あなたに出会わなければ~夏雪冬花~』『カタオモイ』『蝶々結び』など。Aimerというアーティスト名はご自身の長年の愛称である「エメ」に由来し、フランス語で「愛する」「好む」という意味。
Aimerさんの魅力は、何といっても、一度聞いたら忘れられない、深みのある優しいハスキーボイス。その唯一無二の歌声で圧倒的な世界観を確立しています。
日本音響研究所?鈴木松美所長は、Aimerさんの魅力的な声に関して、「振幅ゆらぎと周波数ゆらぎが同時に発生している、非常に稀な声の持ち主です。私が知る限りでは、国内ではほんの数人しかいません。清潔感があって、安定感がある。特殊な声の魔術を持ったアーティストだといえます」と、分析しています(『BARKS』[2012年9月19日記事])。
映像とAimerさんの主題歌の融合で、新たな地平へ!
別の表現を使えば、Aimerさんの声には、「1/f」[エフぶんのいち]のゆらぎが備わっているそうです。そうした声は、優しくて、深みがあり、癒しの効果を持っています。日本を代表するディーバ(歌姫)、MISIAさんや宇多田ヒカルさんの声にも同じような特徴があるとのこと。この「1/f」のゆらぎの声の持ち主は、日本のアーティストのなかで数少ないとされます。「1/f」のゆらぎは、Aimerさんの歌声のように聴覚で感じる場合もあれば、焚き火の炎や木漏れ日など視覚から感じられることもあります。眠気を誘うような電車や自動車の揺れも「1/f」のゆらぎです。
ネット上では、Aimerさんの主題歌『遥か』に対して次のような、多くの肯定的なコメントが寄せられています。「(この曲)好きです!」「この曲聴くと自分の青春を思い出しうるっとしてしまう」「映像とめちゃくちゃマッチしている曲」「久しぶりにはまった曲。何度も聴いています」「曲と歌詞に一目惚れ」「またAimerさんの名曲が増えました」???。
ドラマ/映画『からかい上手の高木さん』では、ストーリー/映像とAimerさんの主題歌が融合して、新たな地平を切り開いているといえます。
高木さんは、なぜ、西片に惚れているのか!
さて、演劇ライターの中村未来(Nakamura Miku)氏が、書籍情報サイト『ダ?ヴィンチ』(2022年6月15日記事)上で、「最大の謎である『高木さんは西片のどこに惚れたのか?』」について見事な分析をしています。その要点を紹介しておきましょう。
中村氏は、次のように疑問を投げかけます。すなわち、作中の西片は、超かっこいいとか、モテるといった設定ではありません。成績も普通だし、運動もそこそこで、おとなしい男子。
一方の高木さんは、「可愛い」くて、周りの友達と比べても、大人っぽい女子生徒。私服もおしゃれ。かつ、勉強も運動もできる優等生。「なぜ、高木さんは西片が好きなのか?」という疑問を、多くの読者が抱くかもしれません。
中村氏は、西片の4つの特徴に注目しています。第1が「当たり前に優しい。いつも優しい」。手がかじかんできたという高木さんに、「カイロ使う?」と尋ねる西片。からかわれているときは、すぐ赤面するくせに、こういうことは、恥ずかしがらずにできる西片。
銭湯帰りに、二人で夜道を歩きながら、いつものようにからかわれる西片。そして分かれ道。「こっちだから」と言って帰ろうとする高木さんに、西片は「暗いし送っていくよ」とさらっと言う。「(そんなの)別に普通のことだよ」というような西片の態度に、高木さんが思わず赤面。
西片の誠実さ、コミュ力と勇気に「胸きゅん」!
第2が「どんな約束でもしっかり守る誠実さ」。クラスの男子から放課後のゲームに誘われても、西片は、先に高木さんから「一緒に帰ろう」と誘われていれば、大好きなゲームの誘惑にも負けず、高木さんとの約束を守る。
第3が「人の気持ちを読むのが上手い」。いつもと違って、「からかってこないなー」と異変を感じた西片は、心配になって高木さんに声をかける。お母さんと喧嘩して元気がなかった高木さんは、西片の優しさに励まされるのです。
第4が「ここぞというときに、勇気を出せる」。道端で鉢合わせた西片と高木さん。夏祭りの話題になると、高木さんは「誰かさんが誘ってくれたら一緒に行きたいなーと思って」と脈ありサインを匂わせます。普段の西片なら、「誰かさんって俺? 俺なの?」とためらいが先にくるのですが、この時の西片は、最後の最後に「夏祭り、一緒に行かない?」と勇気を出して誘ったのです。
このように、(一見普通の男子学生に見える)西片は、高木さんに毎日からかわれているなかで、実は、モテる男性の要素を、(無意識に)たくさん高木さんに投げ返していたのです。それが、中村氏の分析です。
「聖地巡礼」として、香川県小豆島へ!
アニメに続いて、今回のドラマ/映画『からかい上手の高木さん』の舞台となったのは香川県の小豆島土庄(しょうどしま とのしょう)町。(前述のとおり)原作者?山本崇一朗氏の出身地でもあります。
香川県は四国観光で人気のロケーション。そのなかでも、小豆島は注目の観光スポットです。2022年(新皇冠体育4年香川県データ)の香川県内主要観光地(栗林公園、屋島、琴平、小豆島)への入込客数は、総計3,678千人で、前年比58.2%の増加。
観光地別にみると、栗林公園が504千人で前年比55.0%の増加。屋島が581千人で同64.0%増、琴平が1,765千人で80.7%増、そして小豆島が828千人で同23.8%増。主要観光地のすべてが、増加を示しています。
小豆島の玄関口の一つである土庄港(とのしょうこう)、鹿島明神社(かしまみょうじんしゃ)
富丘八幡神社(とみおかはちまんじんじゃ)、エンジェルロード(干潮の時間だけ道が繋がり、向こうの島まで渡れる)など、小豆島を代表する観光地が、アニメやドラマ/映画の舞台として登場します。
ドラマ/映画では、視聴者/観客が、美しい小豆島の具体的な映像を目にします。当然、多くのファンが、聖地巡礼として小豆島を訪れることが期待されます。「聖地巡礼」(せいちじゅんれい)とは、熱心なファンがロケ地など作品と縁のある土地を「聖地」と呼び実際に訪れること。「フィルムツーリズム」「コンテンツツーリズム」とも呼ばれます。
この夏に向けて、ドラマ/映画『からかい上手の高木さん』のヒットとともに、高木さんと西片の「ニヤキュン」の再現を求め、「聖地巡礼」で香川県小豆島を訪れる観光客がさらに増えることでしょう。