日本では毎日、一人当たりお茶碗1杯分のご飯が捨てられている?
国連(United Nations)によると、世界全体で、生産された食品の約14%が収穫から小売までの間に失われ、世界の総食品生産量の推定17%が廃棄されています(家庭で11%、外食で5%、小売で2%)。
日本では、「食品ロス」の量は年間522万トン(新皇冠体育2年度推計値)だと、農林水産省のデータが示しています。日本人1人当たりの食品ロス量は1年で約41kg。これは、毎日、ひとりがお茶碗一杯分のご飯を捨てているのに近い量とされます。
また、日本の一般家庭における食品ロスは、1世帯(4人家族)当たり年間約6万円分(処理費含む)で、全世帯で年間約3兆円分の食品ロスを発生させているという推計もあります。
「食品ロス」とは、本来食べられるのに廃棄されてしまう食品のことをいいます。英語でよく「food loss and waste」(食品ロス?廃棄物)と一緒に表記されます。ちなみに、「Food loss」は、サプライチェーン(供給連鎖)の中で生じる食品の廃棄を指します。つまり、サプライチェーンの上流部分(生産、加工、流通)での食品廃棄のこと。
一方、サプライチェーンの下流部(あるいは末端部)、すなわち、小売店や飲食店、消費者による食品の廃棄は「Food waste」に分類されます。
食料を廃棄することは、それを生産するための資源や努力を全て無駄にすること!
食品ロスや廃棄物は、食料システムの「持続可能性」(sustainability)を毀損します。食品が失われ無駄になれば、水、土地、エネルギー、労働力、資本など、その食品を生産するために使われたすべての資源が無駄になってしまいます。
さらに、食品ロスや廃棄物を埋立地で処理すれば、温室効果ガスの排出につながり、気候変動の一因にもなります。同時に、食品ロス?廃棄物は、食料安全保障に悪影響を及ぼします。仮に食品ロス?廃棄物によって供給量が減少すれば、食料のコスト上昇の一因にもなります。
世界の食糧システムは、持続可能でなければ回復力(resilience)を持つことができません。したがって、食品ロスと廃棄を減らすために、世界全体の統合的なアプローチが必要とされているのです。
くわえて、冒頭に触れたような政府統計の「食品ロス」には含まれていないものとして、出荷される前の「規格外野菜」があります。つまり、食品ロスで捨てられた食品に加えて、規格外を理由に捨てられた食べ物はもっとたくさんあるということです。
「規格外野菜」の背後には、流通の効率化と、「きれいな野菜」を好む消費者の存在が?
「規格外野菜」とは、市場で決められた大きさや形、品質、色の「規格」から外れてしまった野菜や傷がついた野菜のこと。これらの規格外野菜は、商品として出荷はされません。カット野菜や加工品として商品になることもありますが、ほとんどが廃棄されているのが現状です。規格外野菜として廃棄される量は、生産された野菜量の約30%?40%にのぼるそうです。
規格を設ける主な理由は、「取引と流通を効率化」です。トラックで野菜を運搬する際、野菜の形がバラバラだとダンボールに効率よく野菜を詰めることができません。また、レストランなどの飲食店から野菜の形やサイズを指定されることもあります。その背景には、形の良い「きれいな野菜」を買いたいという日本の消費者の特徴的な意識があります。
曽我農園の『越冬トマト』と「規格外とまと」
ここで、本来なら出荷される前に廃棄されてしまう「規格外野菜」のマーケティングの成功例のひとつとして、曽我農園が生産?販売する『闇おちとまと』を紹介しましょう。
「SOGA FARM」(曽我農園:https://sogafarm.jp )。新潟県新潟市北区の「日本一おいしいトマトを、つくりたい」をモットーに営農している「フルーツトマト専門の農家」です。祖父の代から50年続いている農園です。
曽我農園(SOGA FARM)が生産?販売する代表的な商品が「越冬トマト」です。普通、トマトの旬といえば陽光が降り注ぐ暑い夏。でも、このトマトが最も栄養を蓄えるのは寒暖差の激しい冬から春(つまり、越冬)です。日照時間が少ない気候を活かし、通常では考えられないほど長い時間をかけて育てられます。その結果、「越冬トマト」は「どのトマトより甘くて、旨みが蓄えられたトマト」に育つのです。手塩にかけて育てられた越冬トマトの「類まれな味わい」は、野菜ソムリエサミットで大賞を受賞するなど高く評価されています。
ただし、「越冬トマト」は、ぎりぎりの環境で栽培するため約半数はそれにたえきれず少量しか出荷できません。
「甘くて美味しいい」規格外の「尻腐れとまと」を廃棄したくない!
「類まれな美味しさ」を求めて、トマトを甘くするために水やりを控えると、果実の一部が黒く変化した「尻腐れ」(しりくされ)と呼ばれる生理障害が発生します。こうした「尻腐れ」のトマトの多くは美味にもかかわらず、見た目が良くないという理由で廃棄されてきました。
そうしたなかで、曽我農園(SOGA FARM)では、尻腐れトマトをトマトケチャップやジュースなどの原料として使用。しかし、新型コロナの感染拡大でトマト自体が余ってしまう供給過剰が発生しました。
でも、同農園は、この尻腐れトマトを捨てるのは忍びないと考えました。そこで、直売所で販売をスタートします。販売開始にあたって、人気SF映画『スター?ウォーズ』にあやかったネーミングを考案しました。
『スター?ウォーズ』のダース?ベイダーにインスパイアされた『闇おちとまと』
尻腐れトマトは「黒い部分」を削れば食べられるうえにとても甘い!その特徴から、映画『スター?ウォーズ』で並外れた資質を持ちながら暗黒面に落ち、アナキン?スカイウォーカーからダース?ベイダーになったエピソードにならって、「闇落ち」と名付けたのでした。
「闇落ちとまと」を2021年5月に売り出したところ、同月の直売所の売上は前年比で2倍以上になりました。同月の22日には、Twitterで「闇落ちとまと」について情報発信を行い、25万件以上(同年6月7日時点)の「いいね」をもらえたそうです。それにともないメディアからの取材数も増え、曽我農園自体の知名度も上昇。その影響で、ブランドトマトの「越冬トマト」についても、インターネットでの売上が前年比で10倍に伸びたと報じられています。
「プロだと絶対に出せないネーミング」
2022年12月、その「闇落ちとまと」が、「ネーミング大賞2022ルーキー部門最優秀賞」を受賞しました。「日本ネーミング大賞」(日本ネーミング協会主催)の目的は、「ネーミングの重要性を広く社会に発信することで、ネーミングの質と価値の向上を図り、生活文化をゆたかにし、産業の発展に寄与することを目的に賞賛すべき優れたネーミングを選出?表彰する」ことです。
選考にあたって、審査委員長の爆笑問題?太田光氏をはじめ、著名なクリエーターから高い評価を得ました。
最終審査会において沢山の肯定的な評価がだされたそうです。「ネガティブな言葉なのにエコロジー意識に見事にフィットし強い力を持っている」「ネガをポジに転換する素晴らしいネーミング」「闇落ち=卑屈さに対し甘くて美味しいという裏返しが絶妙」「プロだと絶対に出せない凄いネーミング」
常に吹いている『運の風』をつかむために、リスクをとる!
こうして、曽我農園は、売上の向上はもちろん、規格外の廃棄品トマトを「闇落ちとまと」という新たな規格に転換させ高付加価値化に成功し、同時に、フードロス削減も達成したのです。
この曽我農園の「闇おちとまと」の成功事例に触れたとき、スタンフォード大学工学部のティナ?シーリング(Tina Seelig)教授を思い出しました。医学博士でもあるシーリング氏は、創造力?イノベーション?起業に関して世界的に著名な研究者です。
彼女はこう述べています。「『運』は、「偶然起きたように見える」が、実は、常に吹いている風のようなものだ。運という風をつかむための一つの秘訣は、自分の「コンフォートゾーン」から外に出て小さなリスクを取ることだ」
そして、次のように例えを示します。「いつもの決められた場所で同じ人たちと話をして、指定された同じことを繰り返すのではなく、飛行機で空に昇ってスカイダイビングをしてみよう!」
自分が生産したトマトに対する深い愛情。「闇おちとまと」という言葉を生み出した創造力。そこから、あえてネガティブな印象をまとう名称を採用し実際に売り出した勇気と実行力。
?「コンフォートゾーン」(居心地の良い状態)から抜け出し、「プロだと絶対に出せない凄いネーミング」というリスクをとり、吹いている『運の風』を「必然的」につかんだ曽我農園。その姿勢から、多くのビジネスパーソンが重要な教訓を得ることができると思います。