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仲代表の「グローバルの窓」

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第43回 Is that glowing star the Southern Cross? (あの光っている星は南十字星か?)

2023.06.13

 当時、フィリピンには会社の子会社、関連会社が15もありました。工場、開発センター、販売法人、工事事務所など様々な役割を担っていました。私が出向したNECフィリピンは販売法人でしたが、冠会社としてそうしたNEC関連の法人、拠点を統括する役割を負っていました。

 NECにとってフィリピンは重要な市場で、年に一度社長が必ず訪問する国でした。私が出向して3か月するとさっそく社長訪問の連絡が入りました。当時の海外営業グループはそんなことはお手の物で、すぐに「上院議員にコンタクトしてエストラーダ大統領とのアポを取れ」と指示がきました。他にも政府要人や顧客とのアポを取るよう指示があり、フィリピンに来て初めて社長を迎える緊張感と共に私は抜かりないようアレンジを進めました。

  既にアレンジのノウハウは代々蓄積されていて、また、本社側も何かと気をまわして対応してくれるので、一人で切り盛りする必要はありませんでした。私がやるべき最大の仕事は上院議員と話をして、大統領のアポを取得することでした。上院議員は「少し待ってくれれば必ず時間を確保します」と約束してくれました。NECが代々築き上げた人脈のお蔭だと思いました。カラオケのママさんもそうですが、こういうところに会社の底力が隠れていると思いました。

 大統領との時間確保以上に重要で厄介だったのは、フィリピンに滞在する間(5日間)、社長の安全を確保することでした。お国柄もあり、これには神経を使いました。空港の出迎えは、私自身が特別に空港内に入って、パスポートコントロールをスムーズに済ませたり、空港からホテルまでは事前にルートを下見し、当日は白バイを走らせました。当時のアジアは、バンコク、ジャカルタ、マニラなどすさまじい渋滞で、空港への行き帰りは時間が読めず、早めに動くことが必須でした。マニラ空港は、通常は片道タクシーで40分くらいで行けるのですが、2時間近くかかったこともありました。そのときはもう駄目かと思いましたが、途中で嘘のように車が流れ、ぎりぎり間に合いました。

  そんなマニラですから、社長の送り迎えは、白バイは必須。空港をあとにしたあと、ハイヤーは白バイが車を蹴散らし、どんどん渋滞の道にスペースができ、たった20分でホテルに着きました。あの気持ちよさは今でも忘れません。たった20分で行けるんだということに大いに驚きました。ふだんの1時間は何なのかとあきれるくらいでした。

 大統領との会談は、社長と私、相手は大統領と秘書官だったと思います。一応通訳もつけ、20分ほどで無事に終わりました。エストラーダ大統領は、このあと汚職で失脚しますが、元映画スターだけあって、堂々としていました。

 社長は、事業部長時代に自ら企画してセブ島に工場を建てました。その工場に思い入れがありましたので、マニラのあとはセブ島に移動し、そこで工場の視察を行い、従業員から温かく迎えられました。マニラではずっと要人との会食が続いたので、セブ島ではNEC関係者だけの夕食にしました。ただホストは私がやらないといけないので、あまり気は抜けませんでしたが、大統領や要人との会談を無事に終えましたので、気分は楽でした。

  社長は星が好きなので、夕食は星の見えるホテルの屋外のレストランにしました。食事は和気藹々と進みましたが、途中、社長から「たしかフィリピンからは南十字星が見えると思うが、あの光り輝いている星がそうかね」と聞かれました。私は星のことはよくわかりませんでしたが、明るい星が社長の指さした星くらいしかありませんでしたので、「そうですね。おそらく間違いないと思います」と答えました。もちろん適当です。ドイツの時代に出張者の偉いさんから「あのドイツ語はどういう意味かね」と聞かれたとき、私はそのドイツ語の意味がわからなかったのでうまく答えられませんでした。そのとき、私の上司もいっしょでしたが、あとで上司から、「仲君、ああいうときは適当に答えておけばいいんだよ。どうせ向こうもドイツ語はわからないし、質問もその場の思いつきなんだから」と言われました。そのことを思い出し、まあ南十字星だろうという感覚で適当に答えたのですが、社長も私の答えに満足されたようでしたので、これでいいのだと思うようにしました。

  社長のフィリピン訪問はマニラとセブでの5日間でした。最後はマニラにもどり、午後便の前にランチです。お決まりの日本レストランで大好きな肉うどんを食べて終了となりました。このとき、社長のほっとした姿が妙に印象に残りました。

? 社長の帰国後、すぐの月曜日に社長交代のアナウンスがありました。あんなタイミングでフィリピンに行くから交代になってしまうんだ、という人もいましたが、私は、社長は覚悟していたんだと思います。だから、最後に社長としてもう一度フィリピンを訪問したいと強く思われたのでしょう。社長として最後となったあの夜、社長が見た星は南十字星でなくてはならなかったのだと思います。そう、私の答えはそれでよかったのです。あの夜、社長の目に南十字星はどのように映っていたのでしょうか。


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