1. HYBEが米有力ヒップホップ?レーベルを買収!!
■ 時価総額7,000億円越えのHYBEが 米国レーベル買収!
K-POP大手エンターテインメント企業「HYBE」(https://hybecorp.com/jpn/main)のアメリカ本社「HYBE AMERICA」が、米国ヒップホップ有力レーベル「QC メディア」を約3億ドル(円換算で約400億円)で買収する契約を締結しました(2023年2月9日)。
HYBE(ハイブ)とは、世界中で熱狂的な人気を誇るBTS(防弾少年団)をはじめ人気K-POPアーティストをマネジメントする韓国の有力エンターテインメント企業です。その時価総額は7,000億円を超えています。BTS以外の代表的なアーティストには、「ENHYPEN」(エンハイプン)「LE SSERAFIM」(ル セラフィム)「TOMORROW X TOGETHER」(トゥモローバイトゥギャザー)「NewJeans」(ニュージーンズ)などがいます。
■ リル?ベイビーやリル?ヨッティがBTS と同じグループに!
他方、買収された「QCメディア」(QC(Quality Control) Media Holdings)は米国ジョージア州アトランタに拠点を置くエンターテインメント会社です。ヒップホップ分野で競争力を持ち、人気ラッパーのリル?ベイビー(Lil Baby)、リル?ヨッティ(Lil Yachty)、 人気女性ラップデュオのシティー?ガールズ(City Girls)、トリオラップグループのミーゴス(Migos)が所属しています。
■ アリアナ、ジャスティンのイサカはすでにHYBEグループ!
今回の動きは、2019年からスタートしたHYBE社の「マルチレーベル戦略」の一環です。すでに、2年前の2021年5月、HYBEは、アメリカのイサカ?ホールディングス(Ithaca Holdings)を10.5億ドル(約1,160億円)で買収し、HYBE AMERICAへ吸収合併しています。イサカの代表的アーティストが、世界的スターのジャスティン?ビーバーやアリアナ?グランデです。
HYBE社が想定するマルチレーベルシステムは、「表層的な独立した組織構造だけを保証するものではなく、完全に独立した創作基盤と、事業アイディアを後押しできるインフラ」という特性を持っています。「レーベル」(label)とは、レコード会社、その製作部門、あるいはそのブランドのことを指します。アナログ?レコードの中央に貼り付けられたラベルが語源とされます。
2. HYBEの「マルチレーベル戦略」
■ スケールメリットとシナジー効果
要するに、HYBEの「マルチレーベル戦略」には、2つの側面があるということです。第1が、HYBEの傘下で複数のレーベルが融合して連携を深めながら「スケールメリット」(規模の経済)と「シナジー効果」(相乗効果)を追求する。第2が、エンターテインメントに不可欠な創造性を生み出すために各レーベルの独立性も維持する。
こうしたHYBEの「マルチレーベル戦略」は、ビジネス戦略的にみれば、「多角化戦略」(diversification)です。多角化戦略とは、企業が、複数の事業を保有することで、全体的に売上?利益を拡大し成長を目指す戦略です。HYBEの場合の事業に該当するのが、各レーベルです。
■ たとえば花の販売に記念写真撮影サービスを追加して多角化!
多角化の方法には、新規事業の買収、新しい市場セグメント(細分化された顧客グループ)の追加、新しい製品やサービスの販売などがあります。例えば、あるフラワーショップ(花屋)は、花の販売(既存事業)に、記念写真撮影サービス(新規事業)を追加し、ブライダルプランナーのニーズを取り込んで売上?利益を拡大するかもしれません。多角化により、このフラワーショップは、花の販売とブライダル用記念写真撮影サービスの2つの事業を展開することになります。
こうした多角化戦略には、主に「関連多角化」と「非関連多角化」の2つのタイプがあります。第1の「関連多角化」とは、「自社の現在の事業に類似?関連するもの」や「コアコンピタンス(中核力?強み)に密接に関連する事業」で多角化することです。
3. HYBEのHIPHOPレーベル買収は「関連多角化」
■ ディズニーもHYBEも関連多角化を追求!
たとえば、ディズニー社が、同じエンターテインメント産業のABC(放送局)、映画会社ピクサー、マーベルを買収したのはこれに当たります。今回のHYBEによるHIPHOPレーベルの買収も「関連多角化」に該当します。
第2の「非関連多角化」とは、関連性が弱い新しい産業や事業に参入する(手を伸ばす)ことです。その好例が、GE(ゼネラル?エレクトリック)社です。当初、同社はエレクトロニクス部門に重点を置いていたのですが、時代の流れ?環境の変化とともに、発電所、ガス、航空、鉄道、キッチン家電などの事業に参入し多角化していきました。
■ 多角化のメリットは、売上の増加やリスク分散
多角化のメリットには、(1)規模の拡大による売上と収入の増加、(2)複数の事業を持つことによるリスクの分散、(3)将来有望な事業を取り込むことによる成長性の獲得、などがあります。
一方、デメリットとしては、(1) 取り込んだ新規事業が必ずしも成功するとは限らないこと、(2)新規事業への参入に伴う新たなコスト増、(3)複数の事業を持つことによるブランドイメージ(企業全体)の統一感の喪失、などがあげられます。
この長短所を踏まえて、日本企業に対して、あえて結論(bottom line)を導き出すとしたら、まず、多角化は「クチで言うほど簡単ではない」ということです。仮に、成長のために多角化を追求する場合でも、リスク分析を十分に行う必要がります。
■ 経営戦略の父、アンゾフも多角化は簡単ではないと語った!
「経営戦略の父」と呼ばれているアメリカの経営学者イゴール?アンゾフ(Igor Ansoff)も自分が提唱する「成長マトリックス」(Ansoff Matrix)の4つの戦略のなかで、「市場浸透」「新市場開拓」「新製品開発」の3つに比べて、「多角化戦略」が最もリスクが高いと述べています。
4.「両利きの経営」とは?
■ オライリー、タッシュマンの「両利きの経営」がヒント!
それでも、成長を追求するために企業が多角化を選択するとした場合、そのリスクを軽減する方法はあるのでしょうか。うーん、難しい質問です。でも、もしかしたら、現在、日本でも話題になっている「両利きの経営」(ambidextrous approach)の考え方がヒントになるかもしれません。
スタンフォード大学のチャールズ?オライリー(Charles A. O’Reilly)教授とハーバード大学のマイケル?タッシュマン教授(Michael Tushman)が唱える理論です。「ambidextrous」は「アンビ-デクストラス」と発音します。もともと、「右手も左手も同じように使える能力を持っている」あるいは「器用な」という意味があります。名詞形は「ambidexterity」(アンビ-デクステリティー)です。接頭辞「ambi-」には「両方」という意味があります。
■ 「知の深化」と「知の探索」の両方
「両利きの経営」とは、ある企業が、既存の中核事業を深めていく「知の深化」(exploit)と、新規事業を探っていく「知の探索」(explore)の両輪を自在に操っていくアプローチです。その両輪を、右手と左手を思いのままに動かせる「両利き」に重ねています。
今回のHYBEを例にとれば、「知の深化」がK-POP事業であり、「知の探索」が米国ヒップホップ系音楽事業になるでしょう。
自社の成長を考えて、道が険しい多角化を追求する場合でも、「両効きの経営」の視点を持ち合わせていれば、大きく変化する経営環境にも、柔軟に、そして器用に対応していくことが可能になるかもしれない。
■ 「LE SSERAFIM」のKIM CHAEWONの歌唱力が超絶!
そんなことを考えながら、HYBEのことを検索していたら、「LE SSERAFIM」(ル セラフィム)のKIM CHAEWON(キム?チェウォン)さんがカバーした、宇多田ヒカルさんの名曲「First Love」のYouTube動画にたどり着きました。彼女の極上のボーカルを聴きながら、HYBEのK-POP事業における「知の深化」の凄さの一端を思い知りました。